共同参画専門講座 〜自分を変える、社会が変わる メディアを「読み解くチカラ」〜

 

千葉市女性センターにて。

 

講師は㈲インフォメーションプランニング代表で「情報からの自立」著者の結城美惠子氏。

 

受講者は、30名くらいでしょうか。

女性9割強、男性はコショウを少々、といったところ。

 

テーマは「メディア」ですが「共同参画専門講座」という冠にご注目。

その関係性は、何だろう?

 

つまり、結城先生は「メディア」そのものが男性の目線を顕著に反映している、と分析されています。

放送業界で働く女性が圧倒的に少ない(全体の2割)のだから、それもそのはず。

 

男女雇用機会均等法が1986年4月に施行されて、20年余り。

(20年・・・。永いようだけど、意外に短い印象も同時に受けます。)

社会の先頭に立ち、活躍する女性は目立つようになりました。

「主夫」「イクメン」などの言葉(キャッチコピー)も生まれ、

「男だから」「女だから」という「世間のモノサシ」から

確かに開放された感はあります。

 

しかし、現実はどうだろう・・・。

目立っていない、一般の女性達は・・・。

 

例えば結城先生の著書「情報からの自立」P87に、以下のような指摘があります。

(私は、このような点を意識したことがなかったので、思わず唸ってしまいました。)

 

管理職に就くのは男性が圧倒的に多く、会議への参画、外部との折衝などからも

男性が得られる情報は多く、人間関係作りも有利。

女性のお茶出しやコピー取りがなくなり、男女平等の観点からは素晴らしい一方で、

外部の人を知り得る機会(会議でのお茶出し)や

会議内容、事業計画、予算などの社内の動き(コピー取り)をつかむ

唯一の情報収集の手段を失ってしまった。

女性は、情報収集も人間関係作りも、孤軍奮闘・・・。

職場における男女の格差が、そのまま情報格差(デジタル・ディバイド)を生むことを示す。

  (筆者要点まとめ)

 

男女の立場の違いが情報格差を生んでいる現実が、

確実に、身近に存在することが、ありありと示されています。

また、下記のような一面も、問題意識として持たねばなりません。(「情報からの自立」p73〜)

 

情報格差で一般に問題となるのが、世代間格差であるが、そのギャップは縮まってきている。

むしろ問題なのは経済格差である。

パソコンや携帯電話などのツールを持ってインターネットを利用する割合は、世帯年収が少ないほど低い。

パソコンも携帯電話も持っていない人は年収1000万円以上の層では1割前後だが

200万円未満では3割にも上る。

(筆者要点まとめ)

 

 

情報を持てる者と持たざる者の二極化が、経済格差を生んでいるとも言えるし、

富を持てる者と持たざる者の二極化が、情報格差を生んでいるとも言える。

この悪循環を打破するために、まず出来ること、それは有益な情報を得る機会を作ることではないでしょうか。

 

「パソコンを使いこなしている女性」は

ある一部に集中しているのかもしれないと聞いたことがあります。

持たざる者が、インターネットを有効活用できる技術を得ることが、

社会を変える一歩となるのでしょう。

 

 

 

・・・・さて。

「経済格差」。

現代社会の抱える深い問題のトップランナーとして、ぶっちぎり走者となっています。

果たしてこの、経済格差なる代物の原因は、一体何なのでしょうか?

 

ここからは、私の大胆不敵な仮説です。

繰り返します。

あくまで仮説です。

あしからず。

 

 

経済格差の原因は、何なか?

 

どうして生まれたのか?

 

 

 

<「格差」は「平等」という概念が生んだのではないか。>

 

 

 

 

「情報からの自立」P31に、

1975年の「私作る人、ぼく食べる人」というコマーシャルの事例を引いて

男性と女性の「あるべき像」を示唆しているとの指摘があります。

 

一方、現代において、「平等」という宣伝が

男性と女性の「あるべき像」を示唆していると言えないでしょうか?

 

 

男女平等。(人間みな平等。友愛。日本の領土は日本人だけの物ではない。)

キャリアウーマンがもてはやされ、就労を獲得した女性。

自立というイメージ、離婚というステータス。

「草食男子」という言葉が生まれ、根性論は否定される。

 

もちろん選択という面において「平等」であることは当然です。

しかし、果たして社会における役割も、義務も、何でも「平等」なのでしょうか。

「平等」という前提のもとで、行動を制限されていないでしょうか。

 

結果的に、女性は(または男性は)幸せを勝ち取ったのか?

少子化社会や、経済格差は、「平等至上主義」の暴走が生んだのではないのか?

男性と平等に女性が就労できる環境ができると、晩婚化、少子化が進む。

強い女性、自立した女性という気運が高まり、気軽に離婚できる社会において

シングルマザーとなるが、待っているのは厳しい現実社会で、生活は苦しくなる。

年齢を重ねると、女性特有の病気も待っている・・・。

「こんなこと、聞いてなかった!」と後悔しても、後の祭り。

核家族〜夫婦さえ別々に暮らす、非効率的なマネー、エネルギーの消費。

 

そもそも人がみな、平らに同じであることはあり得ない。

男と女は、生まれながらにして違って当然。

腕力の強さと、心の強さ、人間には、ちゃんと棲み分けが出来ている。

だからこそ、個性を認め合うことができるし、高め合える。

「もてたい根性」が、生きる活力や、子孫繁栄にもに繋がる。

 

「平等至上主義」が、生まれ持った役割を否定する物であれば、

それは行き過ぎた言葉の乱用ではないのか、と。

 

結城先生も情報素材としての「ことば」には必ず意味があり、

「ことば」は意識をつくると論じておられるように、

言葉を概念として、マスメディアは「あるべき像」を押しつけてきます。

 

「エコ」「婚活」「脱官僚」・・・。

 

言葉が暴走し、極論に行き着くと、マルかバツか、白か黒か

「○○が100%悪い」「○○のせいだ」となり、罪を着せることで安心してしまっていないでしょうか。

 

今思いついたのですが、気にもしなかった「流行語大賞」。

 

第一回の1984 流行語部門・銀賞は「くれない族」。
「誰かが何かをしてくれない」と甘える層が主婦層にまで広がっているのが「くれない」現象で
TBSのドラマ「くれない族の反乱」から生まれた言葉だそうです。

2009 年間大賞は「政権交代」。TV関係者が作った「コピー」です。


「あの時代はこうだった」と既成事実として結論づける
素材としての意味を持つのかな・・・。

蛇足ですが、極論と言えば、こんな一文がありましたね。

「地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい自然に戻るんだという思いも分かる」
鳩山由紀夫前首相のお言葉です。

 

 

思ったことを書いていたら

随分と長くなってしまいました。

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