2011年

5月

14日

5.10 第2回<未来を描くために>女性就業支援センター

今回は昔、ビジネスパートナーだった安孫子さんに、お忙しい中足を運んで頂きました。

彼とはFacebookをキッカケとして最近お付き合いが復活したのですが
今では、仕事抜きのギラギラ感を脱した「人間として」のお付き合いをさせて頂いています。
キリスト教の教えの一端を知る機会に恵まれ、沢山の気付きを貰いました。

ありがとうございました。

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<病気をキッカケに、キリスト教の教えを通して生き方が変わった安孫子さんのお話・抜粋>

今の世の中は情報・ニュースがたくさんあって、不安を抱える人が多い社会です。
でも、こういったことは、何百年も繰り返されてきたことなんだ、と教会では学びます。

脅威にいつもさらされて、払拭しようとあがいている人間の構図は、文明が発達しても変わらない姿。

そこに信仰が介在し、何かに委ねるという気持ちが、聖書と神様をキリスト教という形になっているんです。

そうでなくても、情報による不安は、何かに被害を被る、また被りたくない、
自分が助かりたいという気持ちが強いことから来る面があります。
考えてみると、わかっていても逃れないことがあります。
病気・事故・天災、また、交通事故で死ぬかもしれないし、とにかく人間は必ず何かで死にます。
何を恐れ、何に気をつけていればいいのか解らなくなってきます。
大事なことは、恐れて、恐怖に支配されて生きることなんでしょうか。

災難を心の中でどうやって克服して生きていくのか、ということが必要なのではないでしょうか。
克服するためにの手段として、例えば経済社会の中では保険、勉強、鍛錬などがあって、信仰だけではありません。
不安に立ち向かうための知恵として文明は育ってきたのですが
育ちすぎたために、様々な説や学問、情報があって、不安を持ってしまいます。
恐怖感の裏返しとしての軍拡であったり、人類の経済や文明の発展が根幹にあるのです。
アメリカ、ユダヤはそれを利用し、お金を沢山もらえる構造を作ろうとしてきました。
ファラオのエジプト時代から、人心をコントロールして経済を成り立たせてきました。

聖書は「歴史書」です。
搾取した王が神に罰せられた経緯、神がキリスト教徒を殺してしまうような歴史や
人間という心が迷いや恐怖を作ったり、使ったりしていて、
敵にも味方にも、そういったことはあると書いてあります。

翻弄されているのは奢り、邁進、恐怖心です。

「盛者必衰の理を表す 」は聖書にも通じているのが面白いですね。

人間は、豊かになると必ず驕り高ぶるもので、へし折られるような歴史的事実が繰り返されています。
「神の力」「敵に滅ぼされた」など、表現が違うのであって
大切なのは各々の受け止め方で、何を教訓として学ぶかということ。
「足を知る」という言葉がありますが、求めすぎず、キャパシティーを把握しているということで
毎日同じ物を食べ、同じ仕事をしていても、満足と感謝があるかどうかで、人間の次の人生は変わってくると思うのです。

「平凡な人生はいや」と特に若い人で言う人がいますが
仕事がない時の悲しみや苦しみ、不安感などを体験した人は、仕事が出来るだけで贅沢だと言います。
失ってみないと解らない人生の学びがありますが
人間とは、そういう風に人生が作られているのかと思う事さえあります。

0歳で生まれて100歳位で必ず死ぬという面で
訓練機関として「人間に生まれる」ということであれば、信仰がどうという事ではないです。
違うのは、生まれた環境。
貧富の差、戦時であったり、飢餓、飽食の国、高度な文明社会、差別など、
人間は生まれたとき平等ではありません。
平等ではない中で、同じ体を持って生まれてくることに、生命の不思議があります。
生まれた地によって全く違う運命を歩みます。
フィリピンのゴミの山で生活して、少なくとも20歳まで暮らさないといけない運命が約束されている人も居るし
東京に生まれ、中高までは学歴を保障されているが、その後は自分で考えないといけないような裕福な人も居る。
日本に生まれた裕福さを感じていない人が沢山いると思います。

1秒間に何百人が5歳以下に飢餓で死んでいるといわれる中、日本の自殺者は3万人を超えました。
「そんな幸せな国に生まれているのに、何で?」と
タイの子どもに質問された時、全然答えられませんでした。

あるのは、出生の違いです。

タイの山奥に生まれ変わることは出来ないけど、
自分たちが何を与えられているのかを知って、感謝をすることが改めて必要だと思います。

これは、小学3年生になる息子の担任の先生が、1年間かけて「食の感謝」を通してお話してくれたお話です。
お陰で息子は変わりました。
息子「給食を1回食べると何人死んでいるかわかる?」
父「作ってる人は沢山いるけど、死んでる人はそんなにいないんじゃないの?」
息子「まず、牛が一頭殺されているでしょ」
・・・そんな話を始めるんです。
鳥、豚・・・野菜を取るときに農薬で殺された虫もいる・・・。
「だから僕、死んでくれたもののためにお祈りして、感謝してから食べる」

色んな価値観を教えてくれた先生の言葉は、ある意味トラウマかも知れませんが、重いです。

私は無防備で考えることが少ない大人こそ、素直に学ぶチャンス、時間を増やしていこうと考えています。

地震の時、親はすぐに駆けつけられない状態でした。
息子は空手教室の日だったのですが、隣のおばちゃんが、
空手に行かずに家で待ってなさいと声を掛けてくれましたが、息子は空手教室に行くことにしました。
行ってみると先生と息子2人だけでしたが、先生はずっと一緒にいてくれて、かくまってくれました。
息子にとって、地震とは、地域との繋がりだったのです。

一方で、遠くにいる家族は介在できませんでした。
後で息子は「あの人がこんなことをしてくれた」と報告してくれます。
親に会えない不安よりも、貸し借りや損得でなく、してもらって嬉しかったこと、そのままなのです。
子どもって凄いなと思います。

事故に合わず、空手の先生が待ち受けてくれたことは偶然ではない。
偶然として捉えないのがキリスト教の教えです。

「感謝の種を見つける」と教会では言います。
何気なく今日、安心して生きてきたようですが、実はアリを踏みつぶしたかもしれない。
今無事でいることは、あなたの力ではなく、守られてきたからです。
「何もなかった」ということに感謝しよう、ということが大事なのです。
お金を払っても、死んでくれた者、作ってくれる人が居るから
「いただきます」と感謝して食べましょう、という教育なんです。

息子は「助けてくれた」「守ってくれた」という体験から、
弱々しさ、恥ずかしさではなく
感謝して「自分を出していかなければいけない」ということを学んだんだと思います。
感謝の種を見つけるという思い癖が、子どもの自立を助けたんだと思います。

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